9月23日、24日に主人が父の服や下着など買い、また入所中の母に必要なものを買って届けてくれました。その日父はデイサービスで母が入所してる施設に行って留守だったので、服の入れ替えをしてもらいました。

午後から母に面会に行くというので、私も会いたい!と主人に頼みました。主人の携帯と私のアレクサを繋いで、看護師さんにも協力してもらいました。

画面には、父と母が2人で並んで映っていました。久しぶりに見る2人の顔は、少し年老いたように見えました。主人が私の今の状況(歩けなくなって、声も出ずしゃべれなくなったことなど)を伝えると母は泣き、父はうなだれていました。心配をかけないように笑顔で貫くつもりだったのが、母が泣く姿に一緒に泣いてしまいました。

前もって主人に『病気が治って帰るまで、しっかりご飯を食べて長生きしといてね!』と伝えるように頼んでおきました。それでも、口パクで話してる言葉を母が読み取ってくれた時もありました。

最後には、涙目になってた父が「お父さんとお母さんは、こっちで頑張っとくから心配せんでいいぞ~。病気を治していんでこいよ!(帰って来いよ)がんばれよー」と言ってくれました。その言葉に涙が止まりませんでした。 結果的に年老いた2人を悲しませてしまいました。

面会の様子

その日の夕方、デイサービスから帰った父から携帯に電話がかかってきて、近くに居た看護師さんに取ってもらうと...「奈津美は、死んだげながまこつね?(本当ね?)」と聞いてきました。生きていることを伝えてもらいました。主人が従姉の家に居たので、従姉に電話をかけて説明してもらうように頼みました。すると「お~わかった!」と返事が返ってきたそうです。よほどショックを受けたんだろうと思います。それからは何事もなく過ごせているので、父の中の奈津美は元気な奈津美に戻ってくれるといいなーと思います。

病棟移動

9月27日に家族指導があり、三男が来てくれました。コロナの関係でその日に個室へ移りました。私が居た6人部屋も新患さんが来て満室だったのが、半分の人が部屋移動をしました。

午後2時から病室にコロナの検査を済ませた三男が来て、リハビリの先生たちからアトラスラインの使い方を指導してもらいました。1か月ぶりに見る三男の顔、やはりホッとしますね~

その夜の事、食事介助をしてくれた看護師さんに6人部屋で一緒だった人へ「同じ病気で戦っている者同士、お互いに頑張りましょうね!」と伝言を頼みました。

しばらくして、看護師さんが戻ってきてその人が、みーんないなくなっちゃった!って言ってたそうで、私の伝言を伝えると「毎日起き上がって(ベット上に座って)パソコンしたり、動画を見たりしてる姿に勇気をもらえました」と返事が返ってきました。いつも、カーテンを閉め切って過ごしていた方なので、顔を合わせたことはありませんが、その人とリハビリや看護師さんとの会話を聞いてるとすごい人に感じました。なのでオリヒメを使ってブログを書くことを勧めてみましたが、伝わったかどうかはわかりません。でもその看護師さん「心がほっこりしました」と言ってくれました。

次の日には、今度は7階へ。北病院は7階建てで3,4階が急性期病棟5,6階が回復期病棟7階は療養棟に分かれています。今までは、3,4階にお世話になり、今回も4階に入院していました。家の環境が整うまで、療養棟で過ごすことになりお引越し。

8月に入院した時に「ここには、奈津美さんのプロフェッショナルが揃ってるので安心してくださいね!」と看護師さんから声かけられてすっごく安心したことを覚えています。

しかし7階は、初めてで知らない看護師さんばかり。口パクで意思を伝えてもなかなか伝わらなかったりして...4階の病棟が恋しくなったりしました。それでも一生懸命に訴えてたので、いろいろ教えてくれるから助かる~とか、言ってることが聞き取りやすいと言われるようになりました。

そして、私のことをわかってもらうだけじゃなく、私も看護師さんの性格を理解し慣れて行かないと!と思い過ごしてます。常に感謝の言葉は忘れないようにして!

(長文お付き合いいただいてありがとうございます)

自宅周辺の栗の木
実家近くの田園風景

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